中城村津覇の獅子舞@ハチウクシー(初起こし) 2026
2026年2月18日(旧暦1月2日)、中城村津覇のハチウクシー(初起こし)の獅子舞を見学しました。
ハチウクシーは、旧正月の行事の一つで、仕事始めや行事始めの儀式のこと。
また、獅子舞の道ジュネー、津波青年会のエイサーなども楽しめました。
津覇の獅子舞は、1600年頃に厄払いと五穀豊穣を祈願する村の行事として伝わったと云われています。
※読谷山村長浜から伝わったという説もあります。
神獅子による獅子舞は、毎年旧暦1月2日(初起こし)、7月16日(旧盆明け)、8月15日(十五夜)に、村ヒヌカン(火の神)のあるトゥングヮー(殿小、旧公民館跡地)で行われています。
戦前の津覇の神獅子は沖縄戦で消失しました。
戦後初代は1949年に呉屋奉一(酒庫理)、2代目は1960年頃に仲松竈(酒庫理)と呉屋吉弘(酒庫理、呉屋奉一の息子)、現在の3代目は1974年に呉屋吉弘(酒庫理)が製作しました。
※津覇の神獅子は、戦前から津覇の大工の家系の屋号「酒庫理」によって製作されています。
※現在の交流獅子(遊び獅子)は、2000年に仏像彫刻師の仲宗根正廣によるものです。

午後4時半頃、津覇の神獅子を保管する屋号「糸満」のシーシヤー(獅子屋)に到着。
屋号「糸満」は、津覇のニーヤー(根屋、村の創始に関わる旧家)の一つと云われる家柄です。
津覇伝統芸能保存会の前会長さんに少し話を伺いました。
神獅子を「この子」と呼んでいて、大切にしているのが伝わってきました。
※津覇伝統芸能保存会は、1992年6月1日に結成。
※前会長さんは、去年2025年10月に会長を引退したそうです。

午後5時過ぎ、シーシヤーでハチウクシーの御願が始まりました。

津覇伝統芸能保存会による唄三線の奉納。
かぎやで風、恩納節、揚作田だったかな?

屋号「呉屋」に移動します。



屋号「呉屋」のカミヤー(神屋)での御願と唄三線の奉納。
屋号「呉屋」も津覇のニーヤーの一つと云われていて、旗頭を保管しています。
カミンチュを出していたので、糸満家と同様に祭祀に関わる門中です。


旗頭(旗字:招豊年、極歓楽)の準備をする人達。

旗頭を先頭に、道ジュネーでトゥングヮーを目指します。

途中2箇所で、獅子舞はお酒を貰っていました。



トゥングヮーの村ヒヌカンでの御願。


午後6時前から、琉球舞踊と日本舞踊、民謡の奉納が行われました。


地謡の人達。

津覇の獅子舞は、1頭で、雌雄の両方を演じ分けるのが特徴です。
最初に「雌の舞い」、次に「雄の舞い」が行われます。
まずは、ガク(スオナ、哨吶)とホラ貝。

ワクヤー(獅子舞を誘い出す役)の舞いで使われる曲は、雌の舞いでは「赤木名節」、雄の舞いでは「松本節」です。

ワクヤーに誘い出される獅子舞。


雌の舞いは柔らかい所作が主で、一方雄の舞いは力強くなっています。

シランカチ(虱掻チ)は、虱を掻く動作を表わしています。

ミーシジ(見シジ)は、雄の舞いで演じられ、睨んで威嚇します。

マースダーカー(マース高)は、雄の舞いの見所で、肩車して威厳を示します。

獅子舞は、子供達にも大人気でした。

ワクヤーと一緒に退場する獅子舞。

津覇青年会によるエイサー演舞。
エイサーの時期ではなく、また平日の夜でしたが、大人数が集まってくれました。
チビッ子もいて、津覇の伝統芸能の伝承は安泰ですね。


旧暦の獅子舞、エイサーを満喫できました。
津覇伝統芸能保存会、津覇青年会の皆さんに感謝です。

地図をGoogleマップで表示
ハチウクシーは、旧正月の行事の一つで、仕事始めや行事始めの儀式のこと。
また、獅子舞の道ジュネー、津波青年会のエイサーなども楽しめました。
津覇の獅子舞は、1600年頃に厄払いと五穀豊穣を祈願する村の行事として伝わったと云われています。
※読谷山村長浜から伝わったという説もあります。
神獅子による獅子舞は、毎年旧暦1月2日(初起こし)、7月16日(旧盆明け)、8月15日(十五夜)に、村ヒヌカン(火の神)のあるトゥングヮー(殿小、旧公民館跡地)で行われています。
戦前の津覇の神獅子は沖縄戦で消失しました。
戦後初代は1949年に呉屋奉一(酒庫理)、2代目は1960年頃に仲松竈(酒庫理)と呉屋吉弘(酒庫理、呉屋奉一の息子)、現在の3代目は1974年に呉屋吉弘(酒庫理)が製作しました。
※津覇の神獅子は、戦前から津覇の大工の家系の屋号「酒庫理」によって製作されています。
※現在の交流獅子(遊び獅子)は、2000年に仏像彫刻師の仲宗根正廣によるものです。

午後4時半頃、津覇の神獅子を保管する屋号「糸満」のシーシヤー(獅子屋)に到着。
屋号「糸満」は、津覇のニーヤー(根屋、村の創始に関わる旧家)の一つと云われる家柄です。
津覇伝統芸能保存会の前会長さんに少し話を伺いました。
神獅子を「この子」と呼んでいて、大切にしているのが伝わってきました。
※津覇伝統芸能保存会は、1992年6月1日に結成。
※前会長さんは、去年2025年10月に会長を引退したそうです。

午後5時過ぎ、シーシヤーでハチウクシーの御願が始まりました。

津覇伝統芸能保存会による唄三線の奉納。
かぎやで風、恩納節、揚作田だったかな?

屋号「呉屋」に移動します。



屋号「呉屋」のカミヤー(神屋)での御願と唄三線の奉納。
屋号「呉屋」も津覇のニーヤーの一つと云われていて、旗頭を保管しています。
カミンチュを出していたので、糸満家と同様に祭祀に関わる門中です。


旗頭(旗字:招豊年、極歓楽)の準備をする人達。

旗頭を先頭に、道ジュネーでトゥングヮーを目指します。

途中2箇所で、獅子舞はお酒を貰っていました。



トゥングヮーの村ヒヌカンでの御願。


午後6時前から、琉球舞踊と日本舞踊、民謡の奉納が行われました。


地謡の人達。

津覇の獅子舞は、1頭で、雌雄の両方を演じ分けるのが特徴です。
最初に「雌の舞い」、次に「雄の舞い」が行われます。
まずは、ガク(スオナ、哨吶)とホラ貝。

ワクヤー(獅子舞を誘い出す役)の舞いで使われる曲は、雌の舞いでは「赤木名節」、雄の舞いでは「松本節」です。

ワクヤーに誘い出される獅子舞。


雌の舞いは柔らかい所作が主で、一方雄の舞いは力強くなっています。

シランカチ(虱掻チ)は、虱を掻く動作を表わしています。

ミーシジ(見シジ)は、雄の舞いで演じられ、睨んで威嚇します。

マースダーカー(マース高)は、雄の舞いの見所で、肩車して威厳を示します。

獅子舞は、子供達にも大人気でした。

ワクヤーと一緒に退場する獅子舞。

津覇青年会によるエイサー演舞。
エイサーの時期ではなく、また平日の夜でしたが、大人数が集まってくれました。
チビッ子もいて、津覇の伝統芸能の伝承は安泰ですね。


旧暦の獅子舞、エイサーを満喫できました。
津覇伝統芸能保存会、津覇青年会の皆さんに感謝です。
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